海外不動産の売却益(譲渡所得)が出た場合、その税金計算は国内不動産とは異なり非常に複雑です。
売却した国と日本の両方で課税される可能性があり、二重課税の回避や日本での申告方法に悩む方も多いでしょう。

本記事では、海外不動産売却に関わる税金の基本ルールから具体的な申告手続き、注意点まで、税理士が専門家の視点で詳しく解説します。

海外不動産を売却した際の課税の基本ルール

まず、日本の居住者が海外の不動産を売却した場合、税務上の基本的なルールとして以下の3点を押さえておく必要があります。

日本の「居住者」は全世界の所得が課税対象

世界的な税制に目を向けると、「属人主義」と「属地主義」という2つの考え方があり、まずはこれを理解しなければなりません。

  • 属人主義:その国の居住者は、世界中どこで利益を得ても、居住している国で税金を納める
  • 属地主義:誰であっても、その国で得た利益はその国に税金を納める

このうち、日本は「属人主義」の考え方で税制が定められており、これを「全世界所得課税の原則」といいます。
つまり、日本の居住者が海外にある不動産を売却して利益を得た場合、その利益は国外源泉所得に該当しますが、日本の税務署に対して申告し、納税する義務があるということです。

不動産所在地国と日本の両方で課税される可能性

次に問題となるのが、不動産がある現地国での課税です。

ほとんどの国では、その国内にある不動産の売却によって生じた利益(キャピタルゲイン)に対して、その国の税法に基づき課税する権利を持っています。(源泉地国課税)
その結果、以下の2つの課税関係が発生します。

  • 不動産所在地国:現地の税法に基づき、不動産売却益に対して課税
  • 日本:居住地国として、全世界所得課税に基づき、同じ売却益に対して課税

このように、同一の売却益に対して、日本と海外の二重で税金が課される状態(国際的二重課税)が発生する可能性が高いです。

二重課税を回避する「外国税額控除」の仕組み

国際的二重課税を調整するために、日本の税法には「外国税額控除」という制度が設けられています。
これは、日本の居住者が海外で所得を得て外国所得税を納付した場合、納付した外国所得税額のうち一定の金額を、日本で納めるべき所得税額から差し引くことができる制度です。

例えば、日本での所得税額が100万円、現地国で納付した外国所得税が30万円だった場合、控除限度額の計算を行った上で、30万円を日本の所得税100万円から直接控除できる可能性があります。

ただし、無制限に控除できるわけではなく、日本で計算する「控除限度額」が設けられています。


所得税の控除限度額 = その年の所得税額 × その年の国外所得総額 ÷ その年の所得総額


この限度額を超える部分の外国所得税は、その年には控除できません。

ただし、控除しきれなかった金額(控除限度超過額)は、翌年以降3年間にわたって繰り越すことが可能です。
この外国税額控除を適用するためには、後述する確定申告の手続きが必須となります。

外国税額控除に関する詳しい情報が知りたい方は、こちらの記事も併せてご覧ください。

海外不動産の譲渡所得の計算方法

日本で申告する譲渡所得の金額は、日本の税法(所得税法)に基づいて計算します。
計算の枠組みは国内不動産と同じですが、海外不動産特有の注意点があるので、しっかり理解しておきましょう。

基本的な計算式

譲渡所得の基本的な計算式は、国内不動産の場合と変わらず、以下の計算式で求めることができます。


譲渡所得 = 売却価額 - (取得費 + 譲渡費用)


  • 売却価額:不動産を売却した金額
  • 取得費:不動産の購入費、購入時の仲介手数料、登録免許税、不動産取得税など
  • 譲渡費用:売却時の仲介手数料、印紙税、測量費、立退料など

売却益が出た場合、この譲渡所得に対して税金がかかります。

為替レートの換算ルール

海外不動産売却の税務計算において最も複雑で、かつ所得金額に大きな影響を与えるのが「外貨建て取引の円換算」ルールです。
売却代金や取得費が米ドルやユーロなどの外貨で支払われている場合、日本の確定申告のためには、それらを全て日本円に換算し直す必要があります。

このとき、「売却時」と「購入時」で異なる為替レート(取引日のレート)を適用するのが原則です。

  • 売却価額の換算:原則として、譲渡を計上すべき日(通常は取引日)の仲値(TTM)で円換算する。
  • 取得費・譲渡費用の換算:原則として、その不動産を購入した日(代金を支払った日)や、譲渡費用を支払った日の仲値(TTM)で円換算する。

このルールにより、不動産自体の現地通貨建ての価格が購入時と売却時で変わらなかったとしても、為替レートの変動だけで、日本円建ての譲渡所得(または譲渡損失)が発生する可能性があります。

具体的な計算例

上記のルールを踏まえ、具体的な計算例を見ていきましょう。

例)購入時の価格が50万ドル(為替レート1ドル=80円)の不動産を、10年後に50万ドル(為替レート1ドル=150円)で売却した場合
※簡略化のため、減価償却費や譲渡費用は考慮しないものとする。

譲渡所得 = (50万ドル×150円)-(50万ドル×80円) = 7,500万円 - 4,000万円 = 3,500万円

この場合、購入時と売却時の価格は、現地では同額なので現地国では利益は発生しません。
しかし、日本円に換算して考えると3,500万円の利益が発生し、日本では円安による為替差益として課税対象となるのです。

取得費や譲渡費用に含まれるもの

計算の基礎となる取得費や譲渡費用は、領収書や契約書に基づいて正確に把握する必要があります。
取得費と譲渡費用、それぞれに含まれる主な内容は以下の表を参照してください。

区分 内容
取得費 ・不動産の購入代金
・購入時の仲介手数料、税金(登録免許税、不動産取得税、印紙税など)
・購入後に支出した改良費、設備費(リフォーム費用など)
※建物部分については、所有期間中の減価償却費相当額を差し引いた後の金額が取得費となる。
譲渡費用 ・売却時の仲介手数料
・売却時の印紙税
・売却のために直接要した費用(例:測量費、立退料、建物の取壊し費用など)

海外不動産の売却益にかかる日本の税率

譲渡所得の金額が確定したら、次に税額を計算します。

所有期間で税率が異なる「申告分離課税」

土地や建物の譲渡所得は、給与所得や事業所得など他の所得とは合算せず、独立して税額を計算する「申告分離課税」の対象です。
税率は、売却した不動産の所有期間によって以下の2つに区分されます。

  • 短期譲渡所得:売却した年の1月1日時点で、所有期間が5年以下の場合
  • 長期譲渡所得:売却した年の1月1日時点で、所有期間が5年を超える場合

所有期間のカウント方法は、購入した日から売却した日「まで」ではなく、「売却した年の1月1日」時点で判定する点に注意が必要です。

不動産の売却益には所得税と住民税がかかる

不動産の売却益は、所得税と住民税の課税対象となります。
それぞれの区分に応じた税率は以下の通りです。

区分 所有期間 所得税率 住民税率 合計税率
短期譲渡所得 5年以下 30.63% 9% 39.63%
長期譲渡所得 5年超 15.315% 5% 20.315%

※所得税率には、復興特別所得税(基準所得税額の2.1%)を含む

例えば、前述の例で3,500万円の譲渡所得(長期譲渡)が発生した場合、日本での税額は以下のようになります。


税額 = 3,500万円 × 20.315% = 7,110,250円


この金額から、現地国で納付した税金がある場合、「外国税額控除」として(限度額の範囲内で)差し引くことになります。

海外不動産売却で適用できる特例・できない特例

国内不動産を売却した場合、居住用財産であれば「3,000万円特別控除」などの有利な特例が使えます。
では、海外の不動産の場合はどうなるのでしょうか。

ここでは、海外不動産を売却した際に適用できる特例と、適用できない特例について解説します。

居住用財産の3,000万円特別控除は適用できる

海外にある不動産であっても、日本の居住者にとっての「居住用財産」に該当し、一定の要件を満たせば、「3,000万円の特別控除」は適用可能です。
租税特別措置法などの関連条文において、この特例の対象となる資産が「国内」にあるものに限定されていないためです。

この特例が適用できれば、計算された譲渡所得から最大3,000万円を控除することができます。
例:譲渡所得3,500万円→特例適用後500万円

もし譲渡所得が3,000万円以下であれば、課税所得はゼロとなり、日本での税金は発生しません。
ただし、海外のマイホームに3,000万円特別控除を適用するには、国内不動産と同様に、以下の要件を満たす必要があります。

  • 自分が住んでいる家屋、または家屋とともにその敷地を売却すること。
  • 以前住んでいた場合は、住まなくなった日から3年目の年の12月31日までに売却すること。
  • 売却した相手が、配偶者や直系血族、同族会社などでないこと。
  • その他、国内不動産と同様の要件を満たすこと。

特に「居住していた事実」を客観的に証明する必要があります。
国内であれば住民票などで証明しやすいですが、海外の場合は、その国での公共料金の領収書やビザの関係書類など、実際にそこに居住していたことを示す証拠書類を保管しておくことが極めて重要です。

居住用財産の軽減税率は適用できない

3,000万円の特別控除が適用できる一方で、同じ居住用財産の特例であっても、以下の特例は適用対象が「国内」の資産に限定されているため、海外不動産には適用できません。

  • 特定の居住用財産の買換えの特例
  • 居住用財産の譲渡損失の損益通算及び繰越控除
  • 所有期間10年超の居住用財産を譲渡した場合の軽減税率の特例

つまり、海外のマイホームを10年以上所有して売却した場合でも、長期譲渡所得の税率(20.315%)が適用され、軽減税率(14.21%)は適用されない点に注意が必要です。

日本での確定申告の手続きと必要書類

海外不動産を売却して利益が出た場合、または外国税額控除や特例の適用を受ける場合は、必ず確定申告が必要です。

申告時期と申告方法

原則として、不動産を売却した年の翌年2月16日から3月15日までの間に、所轄の税務署に対して確定申告を行います
申告方法は、大きく分けて以下の3種類です。

  • e-Tax(電子申告):インターネット経由で申告
  • 郵送:作成した申告書を、所轄の税務署へ郵送
  • 税務署窓口へ持参:作成した申告書を、所轄の税務署まで持参して提出

確定申告に必要な書類

不動産の譲渡所得(申告分離課税)を申告するため、通常の確定申告書(第一表・第二表)に加えて、以下の書類が必要になります。

  • 確定申告書第三表(分離課税用):譲渡所得の金額や税額を記載
  • 譲渡所得の内訳書(確定申告書付表兼計算明細書):売却した不動産の所在地、面積、売却価額、取得費、譲渡費用などの詳細を計算・記載する明細書

外国税額控除を受けるための追加書類

不動産を売却した国と日本との二重課税を回避するために外国税額控除の適用を受ける場合は、さらに以下の書類の添付が必要です。

  • 外国税額控除に関する明細書
  • 外国所得税が課されたことを証明する書類
  • 外国所得に関する明細書

準備するべき証拠書類

税務署に申告書を提出する際、添付は求められなくとも、税務調査などで提示を求められた場合に備えて、以下の証拠資料は必ず保管しておく必要があります。

区分 書類
売却時の書類 ・売買契約書(日本語訳)
・売却代金の受領が分かる書類(銀行の取引明細など)
・譲渡費用(仲介手数料など)の領収書
購入時の書類 ・購入時の売買契約書(日本語訳)
・購入代金の支払いが分かる書類(銀行の取引明細など)
・取得費(仲介手数料、税金など)の領収書
外国税額控除関連 ・現地国での申告書控え
・現地国での納税証明書
特例適用関連 海外で居住していた事実を証明する書類

これらの書類、特に購入時の書類が不足すると、取得費が証明できず「売却価額の5%」を概算取得費として計算せざるを得なくなります。
そうなると、税額が著しく高額になるリスクがあるため、必ず準備しましょう。

海外不動産売却の税金に関する注意点

最後に、海外不動産売却に関連するその他の税務上の注意点を解説します。

非永住者の場合は取扱いが異なる

本記事では、主に非永住者以外の居住者を前提に解説しました。
しかし、日本の居住者であっても、日本国籍を有しておらず過去10年以内の日本在住期間が合計5年以下である「非永住者」に該当する場合、課税関係が異なります。

非永住者の場合、国外源泉所得(海外不動産売却益)は、「日本国内で支払いがあった場合」または「国外から日本へ送金があった場合」に限り、日本の課税対象となります。
この判定は非常に専門的であるため、ご自身が非永住者に該当する可能性がある場合は、必ず専門家にご相談ください。

現地国での申告・納税手続きも理解する

日本での確定申告はもちろん重要ですが、それ以前に、不動産所在地国での税務手続き(申告・納税)を適法に行うことが大前提です。
現地での納税が完了していなければ、当然、日本で外国税額控除を受けることもできません。

また、国によっては、売却代金支払い時に源泉徴収(FIRPTAなど)が行われる場合や、売主が非居住者であることによる特別な手続きが求められる場合があります。
現地の申告・納税手続きについては、必ずその国の税務に精通した専門家(会計士や税理士)のサポートを受けるようにしてください。

国外財産調書への記載義務に対応する

海外不動産を売却したかどうかに関わらず、その年の12月31日時点で、海外にある財産の合計額が5,000万円を超える日本の居住者には、国外財産調書を提出する義務があります。
翌年6月30日までに、国外財産調書に日本国外に所在する全ての財産を記載して、税務署に提出しなければなりません。

海外不動産も、当然この対象財産に含まれます。
売却した年の年末時点で保有していなければ記載不要ですが、売却代金を海外の銀行口座に保有している場合、その預金残高も含めて判定する必要があるので注意してください。

海外不動産を売却する前に専門家に相談を

海外不動産の売却は、国内不動産の売却とは比較にならないほど税務処理が複雑です。
日本と海外の税制の理解や為替レートによる売却益の計算、外国税額控除の限度額計算や特例適用の可否など、専門的な知識がなければ正確な申告は困難です。

税制を理解する前に海外不動産を売却すると、必要な手続きや書類の準備が不足して思わぬ不利益を被ってしまう可能性があるため、事前に専門家へ相談しましょう。

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