近年、海外赴任や国際的な資産運用の普及により、海外に不動産や金融資産を保有する方が増えています。
こうした海外資産を持つ方にとって、遺言書の作成は相続手続きを円滑に進めるための最重要課題です。
しかし、「日本で公正証書遺言を作成しておけば海外の財産も問題なく相続できる」と考えるのは危険です。
海外資産の相続では、現地の法律に基づく複雑な手続きが必要となり、日本の遺言書だけでは対応しきれないケースが大半です。
本記事では、国際相続の専門家として年間1,000件以上の相談実績を持つMACコンサルティンググループが、海外資産を持つ方の遺言書作成について、実務に即した視点で詳しく解説します。
目次
海外資産がある場合、なぜ遺言書が重要なのか

海外に資産を保有したまま相続が発生すると、日本国内の財産のみを対象とする相続と比べて、手続きが複雑化する傾向があります。
遺言書がない場合、相続人は想定以上の時間や費用を要し、精神的な負担も大きくなる可能性があります。
プロベート手続きの複雑さと時間・費用の問題
特にアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアなど英米法圏の国では、「プロベート(Probate)」と呼ばれる裁判所を介した検認手続きが必要です。
プロベートは、遺産の確定、債務の清算、相続人への分配を裁判所の監督下で行う制度で、単純な案件でも6ヶ月から1年、複雑な案件では2年から3年もの期間を要します。
プロベート手続きには、裁判所費用、弁護士費用、不動産鑑定費用などが発生し、遺産総額の3〜10%程度の費用がかかります。
遺産が1億円であれば、300万円から1,000万円もの費用が手続きだけで必要となる計算です。
適切な遺言書を準備しておくことで、このプロベート手続きを簡略化したり、場合によっては完全に回避したりすることが可能になります。
相続税申告期限との矛盾
日本の相続税は、相続開始から10ヶ月以内に申告・納税しなければなりません。
しかし、海外でプロベート手続きが必要な場合、10ヶ月以内に資金を日本に送金することが困難となるケースがあります。
この矛盾が、多くの相続人を悩ませます。遺言書によってプロベートを回避できれば、日本の申告期限に間に合う可能性が高まります。
仮にプロベートが避けられない場合でも、遺言書があることで手続きが迅速化され、相続税の納税資金を別途準備する時間的余裕が生まれます。
相続人間の紛争を防ぐ明確な意思表示
海外資産の相続では、複数の国の法律が関わり、誰が何を相続するのか曖昧になりがちです。
特に相続人の中に海外居住者が含まれる場合、連絡が取りにくく、遺産分割協議が難航します。
明確な遺言書があれば、被相続人の意思が明示されるため、相続人間の紛争を未然に防ぐことができます。
国際相続では、言語や文化の違いも加わるため、遺言書による意思表示の重要性は国内相続以上に高いといえます。
日本で作成した遺言書は海外でも有効なのか?
「日本で公正証書遺言を作成すれば、海外の財産も指定できるのでは?」という質問をよく受けます。
法律的には可能ですが、実務上は大きな問題が生じます。
「遺言の方式の準拠法に関する法律」による保護
日本では「遺言の方式の準拠法に関する法律」により、遺言の方式が以下のいずれかの法に適合する場合、有効とされます。
- 行為地法(遺言を作成した場所の法律)
- 遺言者の本国法、住所地法、または常居所地法
- 不動産に関する遺言では、その不動産の所在地法
この法律は、「遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約」に基づいており、日本を含む多くの国がこの条約を批准しています。
つまり、日本で作成した公正証書遺言も、形式的には海外で有効とされる可能性が高いのです。
実務上の問題点:日本の公正証書遺言の限界
しかし、法律的に有効であることと、実務上スムーズに手続きできることは別問題です。
公正証書遺言の原本は公証役場で保管され、持ち出しが禁止されています。
海外の裁判所や金融機関は、原本の提示を求めることが一般的ですが、日本の公証役場から原本を取り出すことはできません。正本や謄本を提出しても、現地の機関が「これは本当に有効な遺言なのか」と判断に時間を要します。
また、日本の公正証書遺言は日本語で作成されるため、英訳や他言語への翻訳が必要です。
さらに、その翻訳文書が正確であることを証明するための認証手続き(公証、アポスティーユ、領事認証など)が必要となり、時間と費用が大幅に増加します。
翻訳・認証手続きの煩雑さと金融機関の対応
海外の金融機関や不動産登記機関は、日本の法制度に詳しくありません。
日本の公正証書遺言を提出しても、「この文書は当国の法律に適合しているのか」という疑問から、受理を拒否されたり、意見書を求められたりすることがあります。
結果として、日本の遺言書だけで海外資産の相続を進めようとすると、予想以上の時間と費用がかかり、プロベート手続きを回避できない可能性が高まります。
海外資産の遺言は「国ごとに分けて作成」が鉄則

国際相続の実務では、「財産が所在する国ごとに、その国の法律に従った遺言書を別々に作成する」ことが最も確実な方法とされています。
なぜ一つの遺言書で全財産をカバーしてはいけないのか
日本の公正証書遺言で「日本国内外すべての財産について」と包括的に記載してしまうと、海外での相続手続きにおいて複数の問題が生じます。
まず、海外の裁判所や金融機関が、日本の遺言書の有効性を判断するために時間を要します。
次に、日本の遺言書には海外資産の詳細な記載がないことが多く、現地の機関が「この遺言書が当該資産に適用されるのか」を判断できません。
さらに、後から現地で遺言書を作成した場合、「後の遺言が前の遺言を撤回する」という原則により、日本の遺言書が無効になるリスクもあります。
このような混乱を避けるためには、あらかじめ国ごとに遺言書を分けて作成しておくことが重要です。
英米法圏と大陸法圏の違い
遺言書の取り扱いは、法体系によって大きく異なります。
英米法圏(アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア等)では、相続手続きにおいてプロベートを経ることが一般的です。遺言書があっても裁判所の検認が必要なケースが多く、遺言書の形式も厳格に定められています。
一方で、Living Trust(生前信託)などの仕組みを活用すれば、プロベートを完全に回避することも可能です。
大陸法圏(ドイツ、フランス、韓国等)では、公証人や相続証明書を通じた手続きが中心で、プロベートのような長期の裁判手続きは不要です。
ヨーロッパではEU域内で有効な「欧州相続証明書(European Certificate of Succession)」を取得することで、複数のEU加盟国での相続手続きを一括で進めることも可能です。
このように法体系ごとに最適な遺言の形式が異なるため、専門家のアドバイスを受けながら、各国の制度に適合した遺言書を作成することが重要です。
遺言の整合性を保つための注意点
複数の国で遺言書を作成する場合、最も注意すべきは「遺言書同士の整合性」です。
各国の遺言書には、「この遺言書は○○国に所在する財産についてのみ適用される」という限定文言を明記します。
これにより、後から作成した遺言が前の遺言を撤回してしまうリスクを回避できます。
また、遺言執行者の選任や相続人の指定についても、各国の遺言書で矛盾が生じないよう調整が必要です。
国際相続に精通した専門家のサポートを受けながら、全体として一貫性のある相続計画を立てることが成功の鍵となります。
英文遺言書の作成方法と必要な手続き

海外資産について遺言を作成する場合、現地の言語(多くの場合は英語)で作成することが推奨されます。
英文遺言書の主な種類
海外、特にアメリカで用いられる主な遺言・信託の形式は以下の通りです。
- Will(遺言書):最も一般的な形式、死後にプロベートを経て財産分配
- Living Trust(生前信託):生前に信託設定、死後はプロベート不要で受益者へ移転
- Pour-Over Will:Living Trustと併用、信託外財産を死後に信託へ移す遺言
プロベートを回避したい場合は、Living Trustの活用が非常に有効です。
特にアメリカ不動産を保有する場合、Living Trustに不動産を組み入れることで、相続発生時に裁判所手続きを経ずに受益者へ直接財産が移転します。
英文遺言書作成の主な選択肢
英文遺言書の作成には、以下の選択肢があります。
- 現地の弁護士に依頼
- 日本の国際相続専門家を経由
- 領事館での公正証書遺言
現地の弁護士に直接依頼する方法は、その国の法制度に精通した専門家が作成するため、最も確実に有効な遺言書を作成できます。
ただし、英語でのコミュニケーションが必要となり、費用も比較的高額になる傾向があります。
日本の国際相続専門家を経由する方法では、日本語でのサポートを受けながら、現地の提携弁護士と連携して遺言書を作成できます。
日本の相続税への影響も同時に検討できるため、総合的な相続対策を立てやすいというメリットがあります。
領事館での公正証書遺言は、日本の方式に従った遺言を海外で作成できる制度ですが、すべての領事館で対応しているわけではなく、事前の確認が必要です。
また、これはあくまで日本法に基づく遺言であるため、現地での相続手続きには前述の翻訳・認証の問題が残ります。
国別・地域別の遺言作成のポイント
海外資産の遺言作成において、特に相談が多い国・地域別のポイントを整理します。
アメリカにおける遺言作成のポイント
アメリカは州ごとに相続税制度が異なります。
カリフォルニア州やニューヨーク州など、日本人が不動産を保有することが多い州では、Living Trustの活用が一般的です。
アメリカ不動産を持つ場合、日本人(米国非居住者)でもアメリカの遺産税(Estate Tax)が課される可能性があります。
米国非居住者の基礎控除額は6万ドル(約900万円)と低いため、不動産の評価額によっては高額な税金が発生します。
Living Trustを活用することで、プロベートを回避しつつ、遺産税の対策も並行して検討できます。
ヨーロッパにおける遺言作成のポイント
EU加盟国では、「欧州相続証明書(European Certificate of Succession)」を取得することで、複数の加盟国での相続手続きをスムーズに進めることができます。
ドイツやフランスなどの大陸法圏では、プロベートのような長期の裁判手続きは不要ですが、公証人を通じた遺言作成が推奨されます。
各国の公証制度に従って遺言を作成すれば、日本の公正証書遺言と同等の信頼性が確保されます。
アジアにおける遺言作成のポイント
シンガポールや香港は、イギリス法の影響を受けた法体系を持ちます。
シンガポールでは相続税は廃止されていますが、遺産の承継にあたってはプロベート等の手続きが必要となる場合があります。そのため、シンガポールに資産を有する場合には、遺言書を作成しておくことが有効です。
タイや台湾では、日本人が不動産を購入するケースが増えていますが、それぞれ独自の相続税制度があります。
タイでは外国人の土地所有に制限があるため、遺言作成時には所有形態の確認が重要です。
海外資産の遺言書作成は専門家への早期相談が成功の鍵
海外資産を持つ方の遺言書作成は、単なる法律文書の作成にとどまりません。
各国の相続税制度、その他税法、プロベート制度を理解し、日本の相続税申告とも整合性を保ちながら、最適な相続計画を立てる必要があります。
MACコンサルティンググループには、税理士、弁護士、司法書士、公認会計士など、各分野の専門家が在籍しております。
年間1,000件を超える国際相続の相談実績を活かし、お客様一人ひとりのご状況に合わせたフルオーダーメイドの遺言作成や相続対策をサポートいたします。
海外資産の承継では、相続発生前に遺言書を含めた準備を整えておくことが重要です。
お早めに専門家へご相談いただくことで、ご家族の負担を大幅に軽減し、円滑な資産承継を実現できます。
