近年、海外移住や長期海外赴任を考える富裕層や投資家が増える中で注目されているのが「国外転出時課税制度」です。
この制度は、一定以上の金融資産を保有する人が国外に転出する際に、その含み益に対して課税される仕組みです。
対象となる資産や金額の基準、納税の猶予制度、相続時の特例措置など、正確に理解しておかないと予期せぬ課税リスクが生じる可能性があります。
そこで本記事では、国外転出時課税制度の仕組みや対策方法をわかりやすく解説します。
目次
国外転出時課税制度とは?

国外転出時課税制度とは、日本の居住者が時価1億円以上の有価証券などを保有したまま海外に転出する際、その保有資産の含み益に対して所得税を課税する制度です。
実際に資産を売却して利益を得ていなくても、出国時に時価相当で売却したものとみなして課税される点が特徴です。
国外転出時課税制度の目的
国外転出時課税制度の目的は、高額資産を保有する人が、日本の課税を逃れることを防ぐことにあります。
株式等の売却益(キャピタルゲイン)に対する所得税は、租税条約に基づいて居住国で課税されるということが国際的に取り決められています。
しかし、キャピタルゲインに課税するかどうかは国ごとに違いがあり、香港やシンガポールなどではキャピタルゲインに対して課税していません。
日本では、キャピタルゲインに対して約15%の所得税が課せられますが、売却して利益を得られるタイミングで課税のない国へ移住されれば、所得税を徴収することができません。
このような状態では、資産が国外へ流出して税収が減少したり、国内で適切に納税した人との不公平が生じたりします。
そこで、国外転出時課税制度では、出国時点で売却したとみなして課税することで、含み益の段階で課税を確保します。
これは特に富裕層や海外移住を計画している投資家を対象とした、公平な課税の実現と税逃れ対策の一環として導入されたものです。
国外転出時課税制度の対象者
国外転出時課税制度の対象者となるのは、以下の2つの条件をどちらも満たしている個人です。
- 国外転出時に対象資産を1億円以上保有していること
- 転出までの過去10年間のうち5年を超えて日本に居住していたこと
ただし、転出というのは中長期的に海外に住所を移すことを指しており、短期間の海外赴任や旅行などは含まれません。
国外転出時課税制度の対象資産

国外転出時課税制度の対象資産は、以下の通りです。
有価証券等 |
・株式・投資信託等 |
---|---|
未決済信用取引等 |
・未決済の信用取引 |
未決済デリバティブ取引 | ・先物取引 ・オプション取引 |
注意点としては、NISA口座内の有価証券や米国株式なども対象になるということです。
さらに、株式には非上場株式も含まれます。
なお、2025年7月時点 では仮想通貨(暗号資産)は、課税対象外です。
国外転出時課税制度の申告手続き
国外転出時課税制度の申告や納付の手続きについては、出国する際に納税管理人の届出を提出するかどうかで、期限や評価基準となる時期も異なります。
納税管理人あり | 納税管理人なし | |
申告期限 | 出国前の翌年3月15日 | 国外転出時まで |
---|---|---|
申告する価額 | 国外転出時の価額 | 国外転出予定日から起算して3ヶ月前の価額 |
納税猶予制度の利用 | 可(担保の提供が必要) | 不可 |
納付期限 | 確定申告期限まで | 国外転出時まで |
納税管理人の届出を提出した場合
国外転出時までに納税管理人の届出がある場合、申告期限は通常の確定申告と同様に、出国日の翌年3月15日(確定申告期限)までに申告すれば問題ありません。
申告する価額は、国外転出時の価額となります。
しかし、出国時点では資産を売却していないため、すぐに納付することが難しい場合は納税猶予制度を利用することが可能です。
ただし、納税猶予制度を利用する場合は、確定申告の提出期限までに担保を提供しなければなりません。
納税猶予制度については、後ほど詳しく解説します。
納税管理人の届出を提出していない場合
国外転出時までに納税管理人を選定せず届出を提出しなかった場合、国外転出時までに申告をしなければなりません。
申告する価額としては、国外転出予定日から起算して3ヶ月前の価額で申告する必要があります。
さらに、納税猶予制度を利用することができず、国外転出時までに納付する必要があるので、それまでに納税できる資金を用意しておきましょう。
国外転出時課税制度の納税猶予制度

先述した通り、国外転出時課税制度には所定の手続きを行うことで納税猶予が認められる納税猶予制度が設けられています。
国外転出時課税制度は、実際に資産を売却していなくても、出国時点で「含み益」に対して課税されるという仕組みです。
これにより、多額の税負担が発生する可能性がありますが、資金化していない資産に課税されるため、納税原資がないという問題が起こり得ます。
たとえば、1億円以上の未売却株式に含み益がある人が出国する場合、実際には現金収入がないにもかかわらず、数百万円~数千万円の税負担を課されることになります。
こうした場合に即時納税を強いると、納税者の生活や資産形成に過度な負担をかけることになってしまうでしょう。
納税猶予制度は、制度の実効性を確保しつつ、納税者の資金繰りや不当な負担を回避するために設けられたバランス措置です。
納税猶予制度を利用するための手続き
納税猶予制度を利用するためには、以下3点の手続きが必要です。
- 国外転出時までに納税管理人の届出を提出する
- 確定申告書に納税猶予の適用を受ける旨を記載して必要書類を添付する
- 確定申告期限までに担保を提供する
納税猶予制度の適用期間
正常に手続きを完了して納税猶予制度の適用を受けることができた場合、最長5年間の納税猶予が認められます。
さらに、5年間の猶予期間が終了するまでに延長申請をすることで、猶予期間がさらに5年追加され、最長で猶予期間を10年とすることが可能です。
延長には、引き続き猶予要件を満たしていることや、必要に応じた担保の継続提出が求められます。
納税猶予の担保として認められるもの
納税猶予制度を利用するためには、猶予される所得税額とその利子に相当する価値の担保を提供しなければなりません。
担保として認められる財産としては、国税通則法第50条に定められている以下のような財産が挙げられます。
- 国債及び地方債
- 有価証券(社債や株式、投資信託等)
- 土地や建物等の不動産
- 船舶、飛行機、自動車、建設機械等
- 各種財団(鉄道財団、工場財団、鉱業財団等)
- 保証人の保証(税務署長が確実と認めるもの)
- 金銭
相続・贈与時の国外転出時課税制度について

国外転出時課税制度は、対象となる個人が海外へ転出する際だけでなく、海外にいる親族等に対象資産を相続・贈与する際にも適用されます。
これを理解していなければ、相続や贈与の際に想定外の多額の譲渡所得課税を受けるリスクがあるため、しっかり理解しておきましょう。
相続時の国外転出時課税制度
相続時の国外転出時課税制度が適用されるケースとしては、対象資産を1億円以上保有する日本国内の居住者が亡くなった際に、海外にいる親族等がその資産を相続するような事例が挙げられます。
この場合、相続が開始される時点で相続資産は売却されたものとみなされ、相続時の時価評価に基づいて算定された所得税が課税されます。
課税されるのは故人ですが、本人は亡くなっているので手続きができません。
そのため、相続人は被相続人が亡くなった日の翌日から4ヶ月以内に準確定申告を行い、納税する必要があります。
注意点としては、国外にいる相続人が相続した資産のみの価額ではなく、被相続人が亡くなった時点で保有していた対象資産の合計額で、制度が適用されるか判定されるという点です。
例えば、被相続人が対象資産を2億円分持っていたとして、そのうち5,000万円分しか海外にいる親族に相続されなかったとしても、制度の対象になるということです。
贈与時の国外転出時課税制度
贈与時の国外転出時課税制度が適用されるのは、対象資産を1億円以上保有する日本国内の居住者が、国外に住む親族等の非居住者に対してその資産を贈与する場合です。
この制度では、贈与が行われた時点で、対象資産は売却されたものとみなされ、贈与者に対して所得税が課されます。
課税の仕組みや判定方法、対象資産の定義などは、相続時の場合と基本的に同様です。
ただし、相続と異なり、贈与の場合は贈与者本人が生存しており、贈与者本人が確定申告と納税手続きを行います。
制度の判定基準についても相続時と同様に、国外にいる受贈者が取得した資産額ではなく、贈与者が贈与時点で保有していた対象資産の合計額が1億円以上かどうかで判断されます。
部分的な贈与でも、制度の対象となる可能性がある点に注意が必要です。
国外転出時課税制度の取消し・減額措置

国外転出時課税制度では、課税が確定した後でも一定の要件を満たせば課税の取消しや減額が認められる制度的救済措置が設けられています。
これは、実際に課税された含み益が将来的に実現しなかった場合などに、不合理な課税を修正するための仕組みです。
課税の取消しができるケース
国外転出時課税制度は、転出から5年(納税猶予の延長をした場合は10年)以内に、以下の条件をどれか1つでも満たすと、課税が取消されます。
- 日本に帰国して居住者に戻り、課税対象資産を全て継続して保有していた場合
- 対象資産を日本国内の居住者に贈与した場合
- 対象の個人が亡くなり、対象資産を日本国内の居住者が相続した場合
課税を取り消すためには、帰国日や贈与時など、条件を満たした日から4ヶ月以内に税務署へ更正の請求を行う必要があります。
すでに納税した人でも、転出から5年以内に帰国して更正の請求を行えば、還付を受けることが可能です。
課税の減額措置が適用されるケース
国外転出時課税制度は、未実現の利益に対して課税するという仕組みですが、対象資産の多くは価値が変動するものなので、過剰な税負担を強いられてしまうリスクがあります。
そのようなケースを想定して、減額措置が用意されており、以下のようなケースでは減額措置を受けることが可能です。
ケース | 具体的な減額措置 |
納税猶予期間中に資産を売却し、その価額が国外転出時よりも下落している場合 | 下落した価額で売却したとみなして再計算する |
納税猶予期間の満了日に、対象資産の価額が国外転出時よりも下落している場合 | 納税猶予期間満了日の価額で売却したとみなして再計算する |
外国の所得税と二重課税が発生した場合 | 転出先で納付した所得税について、外国税額控除を適用して二重課税を調整する |
減額措置に関しても、売却や帰国等から4ヶ月以内に税務署へ更正の請求を行わなければなりません。
国外転出時課税制度を理解して正しい申告を
国外転出時課税制度は、富裕層や海外移住者にとって大きな影響を及ぼす制度です。
申告手続きや納税のタイミング、猶予や取消し・減額といった救済措置の有無で、負担が大きく変わることがあります。
制度を正しく理解せずに転出や贈与・相続を行うと、思わぬ課税や手続き不備によるペナルティを受けるリスクがあります。
将来の納税トラブルを防ぐためにも、国外転出時課税制度を正しく理解し、確実に対応しましょう。
MACコンサルティンググループは、国外転出時課税制度をはじめとした国際資産に関する税務に関するご相談・お問い合わせを承っております。
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