「外国人は日本の相続税がかからない」と耳にしたことがあるかもしれませんが、それは必ずしも正確ではありません。
実際には、相続税の有無は被相続人や相続人の国籍・居住地・財産の所在地など、複数の要素によって判断されます。
本記事では、相続税の基本的なルールから外国人が関わる相続において相続税がかかるケース、手続きの注意点など、専門家の視点で詳しく解説します。
目次
日本の相続税制度の基本

冒頭でも説明した通り、外国人だから相続税がかからないとは限りません。
まずは日本の相続税の基本的な仕組みを理解することが重要です。
日本の相続税の仕組み
相続税とは、亡くなった方(被相続人)の財産を相続または遺贈によって取得した人(相続人など)に課される税金です。
課税の対象となる財産は、不動産、預貯金、株式、貴金属など多岐にわたります。
日本では、相続人全体の財産額から基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を差し引いた金額に対して、累進税率で課税されます。
なお、相続税は「相続人全体の財産」に対して一括で計算し、その後に各相続人の取得割合に応じて按分される点が特徴です。課税の対象範囲は、被相続人・相続人がどこに住んでいるか、どの国籍かによって異なるため、外国人の場合はこの点を正しく理解することが重要です。
納税義務者と課税範囲の違い
日本では、納税義務者を以下のように大別しています。
| 納税義務者の種類 | 課税対象となる財産 | 主な該当者 |
| 無制限納税義務者 | 国内外すべての財産 | 日本に住所がある人、日本国籍で国外居住10年以内の人など |
| 制限納税義務者 | 日本国内の財産のみ | 外国籍で日本に住所がない人など |
つまり、被相続人または相続人のどちらかが「無制限納税義務者」に該当する場合、海外の財産も課税対象となります。
一方、双方が「制限納税義務者」であれば、日本国内の財産のみが相続税の対象です。
外国人に相続税がかかるケース

ここでは、外国人の方に相続税がかかる主なケースを紹介します。
相続人が日本国内に居住している場合
相続が発生した時点で、財産を受け取る相続人が日本国内に住所を有している場合、原則として「無制限納税義務者」に該当します。
この場合、被相続人が日本国内に所有していた財産(国内財産)のみならず、日本国外にある財産(国外財産)も含めた、相続した全ての財産が日本の相続税の課税対象です。
ただし、一定の条件を満たすと「一時居住者」とみなされ、課税範囲が日本国内の財産のみに限定される特例があります。
一時居住者とみなされる条件については、後ほど詳しく解説します。
被相続人が日本国内に居住していた場合
相続が発生した時点で、被相続人が日本国内に住所を有していた場合、原則として、全ての財産が日本の相続税の課税対象です。
この場合、相続人が日本国内に居住しているか、日本国外に居住しているか、またその国籍を問わず、全ての相続人が日本の相続税の納税義務を負うことになります。
ただし、上記のケースと同様に、被相続人が「一時居住者」であった場合は、課税範囲が日本国内の財産のみに限定される特例が適用されます。
日本国内に財産を保有している場合
被相続人・相続人の双方が、相続発生時に日本国内に住所を有していない場合であっても、日本の相続税が課税されるケースがあります。
それは、被相続人が日本国内に財産を所有していた場合です。
この場合、相続人は「制限納税義務者」に区分されて、被相続人が日本国内に所有していた不動産や株式、銀行預金などの財産に相続税が課されることになります。
在留資格が「永住者」や「日本人の配偶者等」である場合
外国籍の相続人または被相続人が日本国内に住所を有しており、その在留資格が「永住者」「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」「定住者」である場合は、特に注意が必要です。
これらの在留資格を持つ方は、日本国内の滞在期間の長短に関わらず、「一時居住者」の特例が適用されません。
したがって、日本国内に住所がある限り、自動的に「無制限納税義務者」となり、日本国外の財産も含む全ての相続財産が課税対象となります。
一時居住者に適用される「10年ルール」とは

被相続人や相続人が外国籍であり、過去15年間のうち日本に居住していた期間が10年以内の場合、「一時居住者」に区分されて相続税の課税範囲が優遇される制度があります。
これがいわゆる「10年ルール」です。
ただし、在留資格が「永住者」や「日本人の配偶者等」などの長期居住を前提としたものである場合、この特例は適用されません。
10年ルールは、短期間の滞在を前提とする就労ビザや留学ビザなどで日本に滞在していた人に限定されます。
10年ルールが適用される主な条件は、以下の通りです。
- 被相続人が外国籍であること
- 被相続人または相続人が日本に住んでいた期間が、相続開始前15年以内で通算10年以下であること
- 被相続人・相続人の双方が永住者または永住者ビザの保持者でないこと
この条件を全て満たした場合、海外の銀行預金や不動産などの国外財産は、日本の相続税の課税対象から除外されます。
相続税の対象となる財産と所在の判定
相続税では、財産が日本国内にあるか、国外にあるかによって課税対象が変わります。
財産の種類ごとに、「どこに所在するとみなされるか」の基準が法律で定義されています。
相続税の対象となる主な財産とその所在地の判定基準は、以下の通りです。
| 財産の種類 | 所在の判定基準 |
| 土地・建物 |
その不動産が存在する場所
|
| 預貯金 |
預け先の金融機関の所在地
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| 株式・有価証券 |
発行会社の本店所在地
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| 債権 | 債務者の住所地 |
| 生命保険金・退職金 |
保険会社または勤務先の所在地
|
| 動産(車・宝石・貴金属など) |
対象の資産が存在する場所
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| 仮想通貨・暗号資産 |
管理している取引所やウォレットの所在地
|
どんな財産が対象になるかだけでなく、財産が「どこに属しているか」を正しく判断することが、国際相続では特に重要です。
外国に資産を持つ場合や、外国籍の方が日本国内に財産を持つ場合は、相続発生前から財産の所在区分を整理しておくと、課税トラブルを防ぐことができます。
相続税の申告期限と未分割申告の活用について
相続税の申告と納付は、原則として相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に行わなければなりません。
しかし、相続人間での遺産分割協議がこの期限までにまとまらない場合も多くあります。
その際、期限を過ぎると延滞税などが課されるため、「未分割申告」という手続きを活用することが可能です。
これは、期限内にひとまず法定相続分で財産を取得したものとして仮の相続税額を計算し、申告・納税を行うものです。
ただし、この時点では「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」など、税額軽減に大きな影響を与える特例は適用できません。
申告時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出しておき、実際に分割が確定した後(原則3年以内)に特例を適用して「更正の請求」を行うと、納め過ぎた税金の還付を受けることができます。
外国人の相続税に関する注意点

外国人が関わる国際相続においては、税制面だけでなく手続き面においても、日本国内の相続とは異なる特有の注意点が存在します。
主な注意点は、以下の通りです。
準拠法の決定が複雑である
国際相続において、「どの国の法律に基づいて遺産分割を行うか」という問題(準拠法の決定)は、税金の問題とは別に発生する最初の重要な論点です。
日本の法律(法の適用に関する通則法)では、相続は原則として「被相続人の本国法」に従うと定められています。
例えば、被相続人が米国籍であれば、相続人の範囲や法定相続分は米国の法律に基づいて決定されるということです。
しかし、国によっては「居住地法」や「不動産所在地法」を準拠法と定める(相続分割主義)場合もあります。
これにより、日本の法律と相手国の法律とで適用すべき法律が食い違い、手続きが非常に複雑化、長期化するリスクがあります。
このような状態を「反致」といいます。
国外財産の評価と相続手続きが煩雑である
日本の相続税の納税義務者(無制限納税義務者)に該当した場合、国外財産も日本の相続税の課税対象です。
その際、国外財産は日本の「財産評価基本通達」に準じて「時価」で評価し、日本円に換算して申告する必要があります。
現地の路線価や固定資産税評価額がそのまま使えるわけではなく、外貨預金の為替レートの選定や、国外不動産における売買実例・現地専門家による鑑定の取得など、評価作業自体が煩雑です。
また、遺産分割や登記手続きにおいて、日本の戸籍謄本や印鑑証明書に代わる書類(死亡証明書、宣誓供述書、サイン証明書など)を本国や大使館で取得しなければなりません。
これらの書類を提出する際は、日本語の翻訳文を添付する必要があり、多大な時間と費用がかかります。
二重課税のリスクがある
国際相続では、日本と外国の双方から相続税(またはそれに類似する税)が課される「二重課税」の状態が発生するリスクがあります。
例えば、日本に居住する相続人が、米国にある不動産(米国の課税対象)を相続した場合などがこれに該当します。
この二重課税を調整するため、日本では「外国税額控除」という制度を活用することが可能です。
これは、外国で納付した相続税額のうち一定額を、日本の相続税額から控除できる仕組みです。
ただし、控除できる金額には上限が定められており、必ずしも外国で支払った税額の全額が控除されるとは限りません。
また、相続税申告時にこの控除の適用を明記し、所定の書類を添付する必要があります。
課税されない場合でも不動産の相続登記は必要になる
相続財産の総額が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人数)以下である場合、日本の相続税申告および納税は不要です。
しかし、ここで注意すべき点は、税務署への申告が不要なことと、不動産の名義変更(相続登記)が不要であることは全く別問題であるという点です。
2024年4月より相続登記は義務化されており、相続税がかからないケースであっても、不動産を相続した場合は法務局で名義変更手続きが必須となります。
国際相続では登記に必要な書類収集が煩雑なため、税金が発生しないと自己判断して登記を放置すると、将来の売却や次の相続時に大きな障害となる可能性があります。
外国人の相続税に関する悩みは専門家にご相談を
日本の税制では、外国人だから相続税がかからないというわけではなく、居住区分や在留資格によって納税義務者かどうかを判断します。
そのため、外国人であっても納税義務が発生するケースもあり、その判定方法や課税対象の範囲を正確に理解しておかなければなりません。
しかし、国際相続では一時居住者の特例(10年ルール)、準拠法の決定、国外財産の評価、外国税額控除、煩雑な書類収集など、極めて専門的な判断が求められます。
手続きを円滑に進め、申告漏れなどのリスクを避けるためにも、国際相続の経験豊富な税理士などの専門家へ早めに相談しましょう。
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